乾いた堤防を下って砂浜に降りると、ざっと砂をさらう音の後にスニーカーの中に砂が入り込んでくるのがわかった。夜になると、海と空は限り無く近付いて世界を濃紺に変える。今にもその濃紺に溶け出しそうな学生服の肩で、ヒカルのマフラーの鮮やかな赤が海からの湿った風に揺れていた。わたしは空を仰ぐ。空はどこかどんよりと重い灰色で、小さな星々の姿は見えそうもない。わたしより少し高い位置からヒカルもすこし空を仰いで「これじゃ、駄目だな」と小さく息を吐いた。

「昨日の夜、勉強会の帰りに自転車でここを通りかかったら流れ星が見えたって、バネさんとサエさんが言ってた。から、俺達も見に行こう」。ヒカルが言った。“流れ星”、その言葉に思わず胸が弾んで、わたしはすぐに「いいよ」とその提案に乗った。部活を終えたあと、部室でコンビニのお菓子を食べて時間を潰してから、わたし達は自転車で海に向かった。しんと静まった夜の海に人はいなくて、波が砂をさらう音だけが静かに響いていた。そして空に星は無かった。

「残念。せっかく祈ること100個くらい考えてきたのに」

ヒカルはその高い鼻を空に向けたまま、ぽつりと呟く。空気は冷たいけど凍えるほどではなくて、風が吹くたびに膝に絡み付くダッフルコートの裾が少し邪魔に感じた。「もし出て来ても一瞬だもん、そんなにいっぱい祈れないよ」肩から落ちて来た学生カバンをちょっとずり上げながら言うと、ヒカルは「大丈夫、その時は1個に絞るよ。一刻も早く…ぷっ」と呟いて、小さく笑った。湿った風が吹いて、ヒカルのマフラーが揺れた。

「流れそうもないな。星」
「うん…流れるとかの前に、星が出る気配すらないよね」
「うぃ。せめて星空くらい見せてほしーずら…ぷっ」

「つまんないっての!」思わずヒカルの肩の辺りをべしっと叩くと、ヒカルはわたしの顔を見下ろしたまま、「お、珍しく突っ込んだね」と満足気にすっとその目を細めて笑った。潮風が吹いて、ヒカルの柔らかな赤茶色の髪がその高い鼻の先を撫でる様に揺れる。わたしはヒカルをちょっと見上げたあと頬にかかる髪を耳にかけて、足元に視線を落とした。白いスニーカーの爪先の上に、薄く砂が積もっていた。

「星、出るかな」
「待つ?」
「うん」

 

 

この空ではいくら待ったって星など見えないことはお互いにわかっていたけど、わたしたちは「もう少し待ってみよう」なんてわざとらしく、乾いた堤防に腰を降ろして星空を待った。ときおり沈黙が訪れると、途端にヒカルの存在を意識してしまって、わたしは息を吸って吐くことにすら酷く緊張した。やがてヒカルの手がわたしの手にそっと触れてきて、わたし達はそっと指先を繋いだ。交わす言葉が少なくなって、やがてわたし達は指を繋いだまま黙り込む。来るはずもない星の姿を待つ。

 

 

 


流れ星は来ないけれども/20041205