「おっ先輩、ダイエット中ッスか?」
「そ、そんなんじゃないよ!今日はちょっと…その、お腹減ってないから」
「へぇ、珍しいこともあるもんッスねぇ」

雅治は長い指で割り箸を割りながら、わたしと切原くんのやりとりに「明日あたりに地球滅亡かのう」と笑う。切原くんは雅治の言葉に笑って悪戯っぽくわたしの顔と手元にある一個のヨーグルトを見比べると、「そんなんじゃその腹、午後まで持たないッスよ?」とわざとらしく尋ねてみせる。わたしは執拗に表情を覗き込んでくる切原くんから必死に視線を逸らしながら「お腹減ってないんだってば」と返した。

隣でラーメンをすする雅治のそのどんぶりから、ラーメン特有の美味しい匂いが漂ってくる。その薄い唇がつるつると麺を吸い込むたび、スープの飛沫がきらきらと散って、酷く心が乱された。滲んだ唾をぐっと呑み込んで、わたしは自分のヨーグルトに視線を落とす。 白い学食のテーブルの上に、ちんまりと佇む100円のアロエヨーグルト。これが、わたしの今日のお昼ご飯である。

(うう…ラーメン、食べたいけど)

それなりにしっかり食べる癖に細身でスタイルの良い雅治に比べて、わたしは元々大してスタイルも良く無い上に、食べれば食べた分だけ太ってしまうという非常に厄介な体質をしている。雅治と交際を始めてからというもの、あれこれ食べる彼に付き合ってあれこれだらだらと食べていたわたしは、いつの間にか一人、妙に肉付きが良くなってしまった。雅治は「そっちのが美味そうじゃ」なんて呑気に笑っていたけれど、わたしにとってこの事態は笑っていられるほど呑気なものじゃない。とにかく、痩せなくてはだめだ。強い意志を持って。

「先輩、ほんとは腹減ってるんっしょ?可愛くないなぁー」
「ち、ちがうよ!ほんとにお腹減ってないから」
「いきなり無理しなさんなって。ほら、食えよ」

目の前に美味しい匂いの漂うどんぶりを差し出されて、途端に口の中に唾が滲むのがわかったが、そこをなんとか堪えて「いいよ」とそのどんぶりを押し返すと、わたしは「今日はお腹減ってないから」と首を横に振った。雅治はちょっと眉を顰めて「おい、知らんぜ?」とわたしの顔を覗き込んだが、わたしはすぐに「大丈夫大丈夫」と笑うと、自分のヨーグルトに手を置いてそのフタを摘む。「突然ブッ倒れないで下さいよ、先輩」楽しそうに笑う切原くんに「そんなことあるわけないって」と笑い返しながら、わたしはフタを掴んだ指に力を込める。しかし、フタは全くはがれる気配を見せない。わたしはちょっと眉を持ち上げて、ヨーグルトを覗き込む。雅治もちょっと眉を持ち上げて、わたしの手元を見た。

、何しとう」
「あれ?な、なんか開かなくて…」

手にぐっと力を込めると、腕(の肉)がぷるぷると小刻みに震えた。切原くんは「そんな力入れたら開けた時に飛び散るッスよ?」と心配そうにわたしの手元を覗き込む。「だ、大丈夫…」震える声で返しながら、ぷるぷると震える腕とそれに連動して震えるヨーグルトに一際ぐっと力を入れて手元に引き寄せた、瞬間。

「うわっ!」

ベリッと音がしたかと思うと、フタに付いていたヨーグルトが自分の顔めがけて勢い良く飛び散った。わたしは「うわーもう最悪!」と声を上げて、持っていたヨーグルトをテーブルの上に置く。切原くんはぶっと思いきり吹き出すと、お腹を抱えて「先輩、それヤバイッスよ!エロ!」とけらけらと笑った。雅治はしばらく呆れたようにわたしを見つめていたが、やがて箸を置いてそっと手を伸ばすと、その長い指でわたしの頬のヨーグルトを拭ってぺろりとその指先を舐める。一瞬の衝撃のあと、不意にしんと奇妙な沈黙が訪れた。切原くんがぼそりと呟いた。

「…先輩達、いつもそんなことやってるんスか?」

わたしはしばらく顔面にでヨーグルトを散らしたまま、何とも言えない表情で切原くんと見つめあっていたが、やがてガタンと音を立てて椅子から立ち上がると、「ちょっと顔洗ってくる!」とそのまま食道の出口に向かって駆け出した。雅治は「あいよ」とひらひらと手を振ると、再び箸を持って何事もなかったかのような表情でラーメンを啜りはじめる。切原くんはしばらく眉根をよせて黙り込んでいたが、やがて「なるほどね…」と呟くと、自分のお弁当を食べ始めた。

 

 

 

まばゆい真珠のアクセサリー/20041204