『いいか?あいつが家で居留守使ってそうな時はまず、あのやたらとでけえドアに全力で体当たりだ。それで駄目なら、今度は泣き落としが案外有効。大体はそれでいけるが、もしそれでも駄目なら…そうだな、お前なら、』

 

「『や、やだっ何をなさるのですか!?その汚らわしい手をお離しなさい!』…えっと、『いや、いや、おやめなさい!ああ…助けて、クルガン!』」
「…黙って見ていれば、お前という奴は」

クルガンの家の前で一人、慣れない大演技に興じていた は、すぐ背中の後ろではっきりと聞こえた聞き慣れた男の声に、思わず息を呑んだ。恐る恐る首だけで背後を振り返ると、そこには怒りを通り越して呆れかえったような表情で額を押さえて自分を見つめているクルガンの姿があった。

「…どこの馬鹿の入れ知恵かは、尋ねるまでもないが」
「ご、ご、ごめん!まさか、こんなお昼から出掛けてると思わなくて…じゃなくて、あの…」

はみるみるうちに首まで真っ赤になって言葉を詰まらせると、先程までの大芝居が嘘のように肩を縮こまらせて小さくなった。

この話が万が一同僚の耳にでも入れば、人の執務室で散々腹を抱えて転げ回った挙げ句、その話題を餌に『飲みに行こうぜ』と何度もしつこくつきまとってくるのは目に見えている。皺が癖になった眉間を長い薬指で軽く押さえて溜め息を吐くと、クルガンは静かにその視線を落とした。と、ふとその視線の先に、庭の芝の緑によく映える、白い木綿のワンピースの裾が見えた。すっと走った長い眉と薄い瞼をゆっくりと持ち上げると、彼女の女性的な細い足首に絡んだ白いリボンが、足元の芝の緑と対照的に映った。

「…今日は約束をしていた覚えはないが」
「う、うん…でも、」

の白い指先が、手繰るように木綿のワンピースの裾を握りしめる。その滑らかなラインを辿るように視線を持ち上げて彼女の表情を見やると、先程よりもますます顔を紅潮させた彼女が、小さな唇を噛みしめて肩を小刻みに震わせていた。

「…今日は天気が良かったから、クルガンにも教えてあげたかったの」

俯いた彼女の柔らかな長い髪が、滑らかな肩で、小さな胸で、太陽の日差しをきらきらと跳ね返していた。その眩しさに彼はそっと目を細めると、泣き出しそうな子供のような表情で大人しくしてる彼女に、小さく肩を落として溜め息を吐くように、しかしどこか柔らかなトーンで返した。

「…遥々来たのだろう。冷茶の一つでも出してやる」
「え、…い、いいの?」
「構わんさ」

彼女はその瞳をみるみる宝石箱の中身をひっくり返したようにきらきらと輝かせて、それでも精一杯の大人のふりなのか、唇をへの字に結んだまま、クルガンの言葉を反芻するように、何度も何度も繰り返し、深く頷いた。

 

(しかし…あの馬鹿者を に近づけると、ろくな事がない)

…ただ。彼女が素肌に纏った見慣れないこの木綿の白いワンピースや華奢なデザインのミュールもどこぞの馬鹿の入れ知恵だとしたら、今回の件に関しては見逃してやってもいいだろう。

 

 

 

WHOLISH? /20090702