遠征中に負傷したカイルが城に戻ったという知らせを聞いて慌てて医務室に駆けつけると、タイミングよく開いた扉から出てくるカイルの姿が見えた。「カイル!」名前を呼んで駆け寄ると、カイルはわたしを振り返って、優しげな目を大きく見開いて、嬉しそうにわたしの名前を呼んで歩み寄った。

様、わざわざ俺のお迎えですか?嬉しいなー、ははっ」

「『ははっ』じゃないよ!どこ怪我したの?大丈夫?歩けるの??」

すらりと背の高いカイルは、必死な思いで見上げるわたしを澄んだ青い瞳で見下ろすと、眩い金色の睫毛をぱちぱちと瞬かせて、心底驚いたように目を丸くすると、逆にわたしに問い返す。

「あれ、何のことです?」

「さっきミアキスちゃんに聞いたの!『カイル殿、怪我しちゃってますよぉ』って」

「あー…そうなんですかー。そうか、様には秘密にしとこうと思ったのになー」

「ミアキス殿もお節介だなー、いや、わざとかなー」カイルは唇をとがらせて一人でぶつぶつと何事か呟いている。わたしは目の前のカイルを頭のてっぺんからブーツのつま先まで視線を何度もいったりきたりさせたけれども、女王騎士の正装に身を包んでいることもあって、どうにもこうにも怪我をした部分が見つけられない。わたしは一歩足を踏み出してカイルの顔を見上げると、その青い瞳を覗き込んで尋ねた。

「ねえ、怪我はどこなの?」

「えー。もう隠しちゃったしなー。様にはヒミツです」

「…なんで隠したのよ」

「だって、俺が怪我したって言ったら、様はきっと悲しい顔するだろうなーと思って」

「好きな女の子には笑って出迎えてほしいじゃないですか」歯の浮くような恥ずかしいさらりと口にして、カイルは笑う。わたしはその言葉には耳を貸さずに、じっと彼の鎧を見つめる。女王騎士の鎧に隠されたこの体のどこかに、きっと彼は怪我を負って、包帯を巻いているのだろう。

カイルはしばらくにこにことわたしを見下ろしていたけれども、やがて何事か思いついたように長い眉を持ち上げた。そして柔らかく目を細めると、鎧とにらめっこするわたしの元へそっと身を屈めて、悪戯っぽい含みのある声で言ってみせた。

「じゃあ、様が見つけてくださいよ。今の俺のいちばんの弱点!」

「ほら、自由に触ってもいいですよー」カイルは満面の笑みで、両腕を大きく広げて天井に掲げて見せる。わたしは納得がいかなくてしばらくカイルの顔を覗き込んだまま黙っていたけれども、やがてそっと歩み寄って、鎧をまとった胸に右手を触れ…そして、左手も触れた。カイルはわざとらしく首を傾げながら、両腕 を掲げた体勢のままわたしの頭上に呟いた。

「あれ、そこかなー。もっと、横っ腹の方が痛いような気がするなー」

「え、こっち?」

そっと両手を横にすべらせて、彼の脇腹にそっと両手で触れて彼の顔を覗き込む。カイルは瞼を閉じたまま、考え込むようにうなってみせる。

「うーん、ちょっと違うなー。もっと、背中の方っていうか…」

「なら、この辺?」

「んー、もうちょっと後ろの方だったようなー…あ、近いなー」

「じゃあ、ここ…」

わたしがおずおずと腕を回してカイルの背中に触れようとしたその瞬間、天井に向けて掲げられていたカイルの腕が、待ちかねた獲物を捕らえるように、わたしの体を懐に抱き寄せた。言いかけた言葉は急激に高鳴った鼓動に思わず呑み込まれて、カイルの腕の中に閉じ込められたわたしは肩を緊張に縮こまらせる。カイ ルはわたしをその胸に抱き締めたまま、わたしの首筋に鼻先をすり寄せて、優しい甘い声でそっと囁いた。

「…今の俺のいちばんの弱点は、様の悲しい顔でーす」

「………」

「……あれ。滑ったかなー?」

カイルはわたしの首筋に鼻の先をくっつけたまま、わざとらしくふざけた声で呟く。まんまとひっかけられたことが悔しいけれども、いまのわたしの顔は耳まで真っ赤に染まっているだろうから、何も言い返すことができなかった。わたしはカイルの胸に熱くなった頬を押し付けて、小さく一言だけ呟く。

「…つまんないよ」

「えー、ひどいなー」カイルの声が、押し当てた鎧越しに聞こえてくる。冗談めいた口調とは裏腹に、わたしを抱きしめるカイルの腕は優しく逞しく、わたしは目を閉じて彼の体温に酔い痴れた。

 

 

(※実はただのかすり傷です)

 
 
 

 
いたずら心、下心/20100507