(…はっ、)

一体、どれだけの時間意識を失っていたのだろう。おもむろに寝台から体を起こしたわたしは、やけにひんやりと涼しい胸元に視線を落として――そして、一秒もかからずに毛布の中に逆戻りした。そして毛布の中で恐る恐る自分の格好を確認すると、わたしは裸の体に、どうも見覚えのある男物の肌着を一枚まとっているだけだった。
すっぽりと隠れた毛布からそっと目元までを覗かせて、恐る恐る室内を見渡すと――その姿を見つける前に、寝起きの耳には刺激の強すぎる男の声が背後から響いた。

「やっとお目覚めか」

びくっと肩を跳ね上げて反射的に毛布に頭を突っ込んだあと、声の主を確認するために、恐る恐る背後を振り返る。そこには案の定、腕組みをしてわたしの部屋の扉にもたれ、わずかにその目を細めて唇の端を持ち上げているゲオルグの姿があった。その含みのある笑顔を見た途端、わたしの脳裏に先程までの光景がフラッシュバックして頭が真っ白になり、この場から消えてしまいたくなった。みるみる耳朶まで真っ赤になるわたしを見て、ゲオルグはますます愉快げにその目を細めた。

もはや思い出したくもないが――酒場でキサラさんと呑んで散々酔っ払ったあと、露天風呂に向かったわたしは、露天風呂につくやいなや、ものの数分で容易くのぼせた。しかし真夜中に風呂を利用する者は少なく、助けを求めようにも体も思うように動かない。わたしは夜風にひんやりと冷たくなった岩盤にもたれて、そのまま浅い呼吸を繰り返していたが…いよいよ意識が手放されようとするその瞬間、焦点の合わない瞳でとらえたのは、見覚えのある――男の姿だった。

(せめて、普通のお風呂にしておけばよかった…)

「うう…」

ずるずると毛布をたくし上げて頭まですっぽりともぐりこむと、わたしはあまりの恥ずかしさを嘆いて押し殺した嗚咽を漏らす。ゲオルグはいつもより薄手の肌着一枚でわたしの部屋の扉にもたれかかったまま、含みのある調子で続けた。

「むしろ、相手が俺であったことに感謝してほしいくらいだが」

『相手がどこぞの不良騎士や傭兵旅団の野郎じゃなかっただけマシだろう?』毛布の外から降り注ぐ彼の言葉に内心グサリと突き刺さるものを感じながら、わたしは毛布から少しだけ顔をのぞかせて、背後のゲオルグを振り返る。おそらく、ゲオルグが部屋の扉にもたれて立っているのも、万が一の侵入者を防ぐ為と、彼自身もわたしに手を出す気がないことを態度で示してくれているのだろう。それに、彼の言うとおり、第一発見者が彼ではなかったら…今頃とっくにわたしの貞操は 失われていたかもしれない。わたしは頭に浮かんだ最悪の展開のイメージを振り払うように、小さく首を左右に振った。
ゲオルグは身を起こして「さて、」と呟くと、寝台で蓑虫のように毛布に包まっているわたしを見下ろして、言った。

「意識が戻ったのなら、俺は行くぞ」

扉の脇に置いてあった短剣を拾い上げて腰に挿すと、ゲオルグは椅子の背にかけてあった外套を拾い上げてわたしに背を向けた。「あ、」わたしは素肌にまとったままになっている彼の肌着のことを思い出して、「待って、これ…」と思わず反射的に寝台から降り、彼の後ろ姿に向かって身にまとった肌着の裾を少し持ち上 げてみせる。振り返ったゲオルグは僅かに眉を持ち上げてわたしの体をつま先まで見下ろしたあと、からかうように目を細めて呟いた。

「おい。そんな格好で呼び止められては、相手が俺でもおかしな気を起こしかねんぞ」
「あっ…」

ゲオルグの視線にはっと我に返ったわたしはあわてて寝台に逆戻りして、裸の膝小僧まで毛布をたくし上げる。そして寝台から恐る恐る彼を見上げるわたしに向かって、彼は悪戯っぽく目を細めてもう一言、低く甘い声で付け足した。

「…まあ正直なところ、お前が気を失ってる間に、散々おかしな気にはなったがな」

「は…」

彼の言葉に、一瞬にして体が硬直したあと、胸の奥からじわじわと熱がこみ上げて、再び耳朶まで真っ赤に熱くなり、言葉を失った。口をぱくぱくさせて固まっているわたしを見てゲオルグは唇の端を持ち上げてふっと笑うと、僅かに手を掲げてみせたあと、そのまま扉の外へと姿を消した。室内に一人残されたわたしは、寝台のうえで震える唇をかみ締めて、彼が消えていったドアを見つめていた。

(だったら、…ゲオルグだって、他の男の人と変わらないじゃない…)

わたしはふとももの上でゲオルグの肌着の裾を握り締めたまま、あまりの気恥ずかしさと、襟元から香る彼の肌の香りに、どうにかなってしまいそうな心を押し込める。わたしの肌に残された彼の甘い余韻に、どんなに押し殺そうとしても鼓動の高鳴りが止まらなかった。

(…そんなこと言われたら、わたしだって、)

 
 

 
真夜中過ぎのS.O.S/20100510