二人が晩酌を共にするのは珍しいことではなかった。ただいつもと違うのは、この酒場が皇都から南東へ下って天山の峠を越えた、都市同盟との国境付近の街の外れにあるということだろうか。 「は?お前まさか、あいつに黙って出て来たのかよ?」 クルガンは表情ひとつ変えずにシードを見下ろすと、ごく当たり前のように冷静な口調で言い放った。
「…ったく、お前も相変わらず意味わかんねぇよな」 骨付きの七面鳥の脚を口いっぱいに頬張りながら、シードは円卓を挟んで対面した青年を瞳だけで見遣る。深い灰色の睫毛を伏せた痩せた横顔が、ワインの注がれたグラスに薄暗く映し出されている。食べ終えた肉の骨を端の皿に投げ入れ、指に残ったスパイスを丁寧に舐め取りながら、沈黙し続ける青年に向かってシードは続けた。 「せめて何か言ってやりゃいいのによ」 クルガンは円卓に肘をついて顔の前で長い指を組んだまま黙っていたが、やがてゆっくりと瞼を持ち上げると、色素の薄い灰色の瞳でシードを見る。目を閉じる前に見た時には骨付きの肉を頬張っていたシードは、今度は籠いっぱいに盛られた厚切りのバケットを手にとって噛り付こうとしているところだった。食欲旺盛な同僚を見つめたままクルガンはしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吸い込むと、酒場の喧騒の中でも聞き取れる良く通る低い声で呟いた。 「…言えば何かが変わるか?」 バケットを口いっぱいに頬張ったまま口ごもると、シードは赤褐色の長い睫毛を伏せて、眉間に深く皺を寄せる。クルガンは頬杖をついたまま、静かに赤毛の青年を見据える。低く唸り声を上げて考え込むシードの背中で、平服に身を包んだ兵士達が楽しげに談笑する姿がぼんやりと見えた。シードは目を閉じたまま考え込んでいたが、やがて頬張っていたバケットをごくりと飲み込むと、同僚を見据えて神妙な面持ちで唸った。 「…少なくとも、あいつの怒りゲージ位は変わるんじゃね?」 切れ長の目を静かに細めて小さく息を吐くと、クルガンは「そうか」と短く答える。シードは右手に持っていたかじりかけのバケットを勢いよく口の中に放り込むと、鋭く引き締まった顎をもぐもぐと上下運動させながらいつもの明るい調子でからかうように言った。 「まぁ、帰ったらぶん殴られるかもな!」 会話に集中しすぎると、口に物を入れたまま喋り出すのはシードの悪い癖だ。数え切れないほど繰り返した注意を呑み込むと、クルガンは小さく息を吐いてシードを見やり「そうだな」と短く答えた。シードは口にバケットを頬張ったまま長い脚で木製の円卓の柱を蹴り出すと、椅子ごと上体を後ろに倒しながら続けた。 「あと、機嫌直しの手土産代は高く付くし」 シードは愉快気に目を細めてしばらく椅子を前後させて体を揺らしていたが、やがてガタンと音を立てて椅子を地面に戻すと、「あとはよー、」と円卓にどかっと肘をついて対面した同僚の顔を覗き込む。その瞬間、すっとつり上がったシードの弓形の眉が、反射的にぴくりと硬直した。クルガンは随分なポーカーフェイスの持ち主であったが、勘の鋭いシードはその些細な表情の変化も見逃さない。クルガンは円卓に肘をつき、顔の前で長い指を組んだ同じ姿勢のまま、黙って瞼を閉じていたが、その感情を表さない唇の端に、わずかな表情が浮かんでいるのをシードの瞳はとらえていた。 「…同僚の気色悪いツラが拝めたりな」
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