色鮮やかな小袖に身を包んだ彼女らは、黙っていれば淑やかな大和撫子にも見えたかもしれない。甲冑を外し、小袖に身を包み、髪を美しく結えば、なんとも瑞々しく――そして、騒々しい。口喧嘩、笑い声、駆け回る足音。桜色の小袖に身を包んだは、縁側に浅く腰掛けて、相も変わらず騒々しい仲間を見つめて小さく溜め息を吐いた。

(皆、元気だなぁ…)

桜色に彩られた春の庭で、甲斐姫とくのいちは、互いの小袖や髪飾りに難癖をつけて、睨みあったかと思えばけらけらと笑い転げている。あれだけ好き勝手を言い合っても険悪にならないのは、それだけ二人の絆が強い証拠なのだろう。微笑みと共に唇から零れた小さな溜め息は、吹き抜けた春風にさらわれた。

ふと視線を持ち上げると、視界を覆い隠すように桜の木々が満開の花を咲かせている。穏やかな風に揺れ、ひらひらと桜の花弁がひとひら舞い落ちた。眩いばかりのその景色に思わず目を細めていると、ふと背後で床板が軋む音に、鈴の音が重なって響いた。ぴくっと肩を竦めて振り返ったの顔に、深い影が落ちた。

振り返ったの顔を覗き込んだのは、城下でも一際目立つ風貌の大男、前田慶次だった。庭から差し込む春の日差しを跳ね返して、金色のたてがみがきらきらと輝いている。慶次はを見下ろした目を眩げに細めると、唇の両端を持ち上げてふっと軽く微笑んだ。

「よう。花見かい?」

「け、慶次…!」

間近で顔を覗き込まれ、頬が急速に熱を持つ。ぱくぱくと空回りする唇で紡いだのは、彼の名前一つがやっとだった。こんなに近くで見下ろされては、結った髪に挿した簪の桃の花までもが恥らうようだ。は高鳴る鼓動を必死に抑えて、視線を爪先に落とした。

慶次は立派な体躯を屈めると、抹茶や餡子の茶菓子の載った盆を挟んでの隣にどっかりと腰を降ろした。隣で縁側の床板が軋み、慶次の腰に下げられた鈴がちりんと音を立てる。は気持ちを落ち着けようと小さく深呼吸をすると、隣に腰掛けた慶次をおずおずと覗き込んだ。慶次は頭上に広がる桜の木々を見上げると、太い眉を持ち上げて目を丸くして呟いた。

「見事だねぇ」

「ほんと、綺麗に咲いてるね。慶次もお花見?」

「そんな大層なもんじゃねぇさ。散歩ってとこだ」

天を仰いだ男らしい横顔に見とれていたら、突然振り返って人好きのする明るい笑顔を浮かべたものだから、思わず視線を逸らしてしまった。男らしい精悍な顔立ちが人懐っこく緩めば、わたしの胸は引き絞られるように苦しい。苦しいほどに切なく、嬉しい。

そわそわと落ち着かないをよそに、慶次はおもむろな動作で縁側の上に右脚だけ胡坐をかくと、その上に頬杖をつき、覗き込むようにの横顔を見つめる。右頬に感じる痛いほどの視線に恐る恐る隣を振り返ると、慶次が面白げに目を細めて自分を見つめていたものだから、また一気に逃げ出したいような気持ちになったけれども、どうにかこらえて慶次の目を見つめ返した。

「な、なに??」

「ん、いやねぇ…」

「あの…桜、綺麗だね」

「ああ、綺麗だねぇ」

「あ…あの!お菓子でも、食べる?」

何を言っても慶次は自分をじいっと見つめてくるばかりなのでどうにも居心地が悪くなり、は慶次との間にある茶菓子の盆を慶次の方に差し出した。慶次はその様子に太くつり上がった眉を持ち上げて少しだけ笑うと、「いや、いい」とを見つめたまま首を左右に振った。そして、困ったように眉をハの字にして自分を見上げるを覗き込むように体を屈めると、目を細め、からかうように言った。

「桜よりも菓子よりも、俺はあんたが気になるんでね」

「…は?」

思いがけない慶次の言葉に、は思わず返す言葉を失う。慶次は腹の奥から響くような太い声で笑うと、唖然とした表情で固まっているの頬に、分厚い手のひらでそっと触れた。頬に感じた感触に我に返って目を見開くと、慶次の太い指の腹はの頬のなめらかな感触を楽しむように滑り、そして、親指の腹が薄く開かれたの唇の輪郭を撫でる。初めて唇に触れた慶次の体温に、が思わず息を呑み、体を縮こまらせた、その瞬間。

「よっ、」

慶次の親指の腹は、の唇の端をぐいと力強く拭った。

「は…」

「はっは!唇に餡子つけてても、別嬪ときたもんだ!」

一瞬にして、頭の中が真っ白になった。

「わああ!」

(――わたし、恥ずかしすぎる!)

口説かれたものかと一瞬でも錯覚していた自分を、とんでもなく恥ずかしく思った。一体いつから唇に餡がついていたのだろう。そして慶次はそれを一体どんな目で見ていたのだろう。いや、わたしはその目を見た。明らかに面白がっていた。そして、笑っていた。間抜け顔だとでも言うかのように。

頭を抱え込んで声にならない呻きを漏らすに「はっは!」と豪快に笑った。その頬を撫でるように穏やかな春風が吹き、桜色の花びらが流れていく。頬杖をついた慶次のその濃い睫毛の先が、桜色の袖に隠れたの小さな横顔に甘く色づいていることを、はまだ知る由もない。

 

 

 
桜よりも甘く/20120412