(週刊実話、っと…) 見慣れた表紙にいくつか視線を彷徨わせると、俺は親父の愛読する週刊誌を数種類手に取った。日付が変わるちょうど今くらいの時間、Mストアの雑誌コーナーに新刊が並ぶ事は既に知っている。何気なく他の棚にも視線をやってみたが、別段目を引くものもない。俺は雑誌を片手にレジへ向かおうと踵を返し――そして、立ち止まった。丁度、振り返ったすぐ視線の先にあったのは、新商品と思しきピンク色のコンドームの箱と、色鮮やかなPOPだった。 (ゴムか…) 何となく足を止め、じっと視線を落とす。一角に並んだ箱の中には見慣れたものもあったが、見た事もないデザインのものもある。まあ、コンドームを使うような行為自体、もう半年以上もご無沙汰なのだから、当たり前といえば当たり前だが。 (そういや、まだ家にあったっけな…) 恋人がいない期間が長すぎてもはや記憶も曖昧だが、今部屋にコンドームはあっただろうか。それとも、何かのきっかけで処分したのだろうか。いや、その記憶すらもはやおぼろげである。まぁ、仮に過去のコンドームが残っていたところで使用期限も気になるし、そもそもそれを使うのはデリカシーが無さ過ぎる。本気で好きで大切に思うからこそ、彼女に関しては初めての時以上に大切にしたい。 (買っとくべきか…) しかし、今後彼女と付き合う可能性が少しでもある以上、やはり用意しておいた方がいいのだろうか。いや、でも仮にそれを使える日が来るとして、男の方であらかじめ用意していたら、遊んでると思われるか、最悪、体目当てと思われる危険もある。じゃあ、買うだけ買っといて…外袋だけ捨てとくか?いや、それじゃ家にある残りを使うのと雰囲気的にさして変わらない。いっそ、買わないでおくか――いや、それはそれで、万が一そういう雰囲気になった時にまずいだろう。かといって、と買いに行くというのも…――!…いや、――ちゃんは…今のは、言葉の…例えばの…いや。今のはとにかく、無しとして。
突如現れた隣の気配に咄嗟に振り返ると、そこには長身を屈めて俺の隣でコンドームを眺めている秋山さんの姿があった。 「うおゎっ!」 反射的に飛び退くと同時に持っていた週刊誌が足元にばさりと落ちて、俺は慌てて身を屈めて雑誌を拾い上げる。秋山さんはわざとらしいほど真剣な表情で眉根を寄せて顎を撫でると、コンドームの並ぶ棚を見下ろしたまま、「安定の定番か、ちょっと冒険して新作か…」と唸るように呟いた。 「な、何してるんすか秋山さん!」 秋山は手を伸ばして、『新作!』とPOP飾りのついていたコンドームの箱を手に取ると、興味深げにくるくると回してパッケージの表記に視線を走らせる。俺は一気に湧き上がる気恥ずかしさと、厄介な男に見つかったという面倒臭さに、一秒でも早くこの場から立ち去りたかった。 「『女性に優しいたっぷりゼリー』ねぇ…なるほどねぇ…」 俺が一瞬口ごもって視線を泳がせると、秋山さんはおもむろに上体を起こして俺を見る。そして愉快気にすっと目を細めると、からかうように尋ねた。 「何、まさか城戸ちゃん、マジで彼女できた?」 内心の動揺をあらわすかのように、手にした週刊誌が再び足元にばさりと落ちる。一瞬俺の表情に本心が滲んだのを見逃さず、秋山さんは手にしていたピンク色の箱を俺にずいと差し出した。 「ほら。大事にしたいんだろ?ちゃんのこと」 差し出されたピンク色の箱を手の甲でさっと払いのけると、俺は週刊誌を拾い上げて早足でレジに向かう。物言いたげな視線を背中で振り切るようにレジの店員に煙草の銘柄を略称で伝えると、手早く会計を済ませ、早足でMストアを後にした。
「ちゃん、金運が上がるおまじないって知ってる?」 債務者ファイルを広げてうんうんと唸っていたちゃんは、俺の声にぱっと顔を上げると、大きな丸い目をきらきら輝かせながら尋ねる。俺は両手をスラックスのポケットに突っ込んだまま、彼女の隣に立ち、そして唇から煙草を抜き取って、煙と共に吐き出した。 「それがね。…財布の中にコンドーム入れるといいって。知ってた?」 晴れやかな表情から一転して呆れたように眉を寄せて声を漏らすと、ちゃんは不満げに唇を尖らせる。俺は机の上にあった灰皿に煙草の灰を軽く落としながら、彼女の表情を覗き込んだ。 「それ、結構古いですよね?」 手にしていた煙草を唇の端に咥えると、俺はもう一度スラックスのポケットに手を突っ込んでがさがさと漁ると、一包のコンドームの袋を探り当て、それをちゃんの前に差し出す。ちゃんは眼前のそれにわずかに眉を寄せてしばらく考え込んだあと、困ったように俺を見上げて、唇を開いた。 「うーん。…せっかくですけど、これで好きな人に何か誤解されたら悲しいですし、」 金運は諦めます、そう言って、にこっと微笑んだ彼女があまりにも幸せそうだったので、俺は思わず言葉を呑む。そして、昨夜Mストアで見かけた城戸ちゃんの動揺した姿がその幸せそうな笑顔に重なり、無意識に唇の端に笑みが浮かんだ。 「はは…なるほどねぇ」
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