この部屋から一歩外に出れば、“真島さん”は“真島組長”に戻る。尖った蛇革の靴に爪先を入れる背中を見下ろして、わたしはぼんやりと考える。刈り上げた後ろ髪や白いうなじに、胸の奥が切なく焦がれる。おもむろな動作で立ち上がった彼は、右肩で少しだけわたしを振り返った。 「ほな、戸締り気ぃつけや」 つり上がった右目でゆっくりとわたしを見下ろし、端正な唇で言葉を紡ぐ。自分よりずっと背の高い彼を見上げて、わたしは少しだけ微笑んだ。手を伸ばせばすぐに手を伸ばせる距離に、真島さんは立っている。ニコニコと笑いながら見上げていると、真島さんは訝しげに眉を持ち上げて、わたしに向き直って尋ねた。 「何や」 「何やねん、急に」 真島さんは大袈裟に顔を顰めると、両手をひらひらさせて「そら、ちゃうやろ」と大きな溜め息と共に吐き出す。馬鹿にするようなその反応に驚き、思わず目をぱちぱちと瞬かせると、真島さんはおもむろに身を屈めてわたしの顔を覗き込んだ。 「…しゃあないし、教えたるわ」 抑えた低い声で囁かれて、わたしはぴくりと肩を跳ね上げ、目を大きく見開く。その瞬間、黒皮の手袋に包まれた長い指がわたしの顔面に伸びると、反射的に逃れようとしたわたしの顎を捕らえた。されるがままに彼を見上げさせられたわたしの目に、唇の片端を持ち上げた真島さんの端正な顔が映りこんだ。 驚いて小さく息を呑んだわたしの唇を、真島さんの唇が追いかけるように塞いだ。触れるような口付けから、角度を変えてより深く唇が合わせられる。思わず身じろぐわたしの顎を長い指がとらえて逃がさない。呼吸もできないほどに深く唇を求められ、思わず吐息を漏らすと、真島さんはゆっくりとわたしの唇から唇を離した。 「これが“大人の挨拶”や」 真島さんの黒皮の手袋に包まれた長い指が、わたしの顎を撫でるようにするりと滑り落ちる。熱に浮かされたようにぼんやりと見上げると、わたしの顎を撫でたその手をひらひらと振って、真島さんはわたしに背を向けた。
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