シャワーで汗を流した体からは彼女と同じボディシャンプーの香りがして、今更ながら何となく照れ臭い。スラックスのベルトの金具を締めると、濡れた髪を両手で後ろに掻き上げた。首から下げたバスタオルで濡れた鼻先を拭いながら廊下に出ると、暖房が効いているせいか、底冷えする俺の部屋と違って室内は暖かい。短い廊下を進んでリビングへ戻ると、先程まで宅配ピザや缶ビールで散らかっていた部屋はすっかり片付けられていた。

(すげぇ…さすが、女の子だな…)

いつもと同じように片付けられた部屋を見渡しながら裸足で毛足の長い絨毯の上を進むと、がソファに座り込んでなにやら手元を覗き込んでいるのが見える。ぐるりと回り込んで彼女の隣に腰を下ろして振り返ると、は先程俺が渡したネックレスを嬉しそうにじっと眺めていた。「あ、」くるんと上向きの長い睫毛の先が俺を見上げて、そして花が綻ぶように笑顔が零れる。その甘い笑顔に、湯上りのそれとは違う熱が急速に耳朶を熱くした。

「えへへ。わたし、嬉しくて」
「いや…喜んでもらえたなら、何よりで」

彼女があまりにも嬉しそうに笑うものだから、気恥ずかしさで何となく視線を逸らす。はしばらく嬉しそうにネックレスを覗き込んでいたが、やがて細い指で丁寧にビロードの小箱を閉じると、そのまま俺の肩にこてんともたれかかってきた。つるんとした滑らかな髪の感触と心地良い重みを感じてそっと振り返れば、は両手に小箱を持ったまま、無防備な笑顔を浮かべて目を閉じている。そしてうっとりと夢見るような表情で、その唇を開いた。

「…城戸さん、サンタさんみたい」
「…えっ?」
「赤い服で、プレゼントくれて…それに、背も高くて」
「…背?」

突拍子もない発言にやや面食らったが、彼女の言わんとしていることはすぐに感じ取った。しかし、一つ引っかかる。彼女は当たり前のようにさらりと言ってのけたが、サンタクロースに身長の設定などあっただろうか。俺は頭の中の数少ないクリスマス知識を必死に引っ張り出そうとし――すると、迷宮に入るでもなく、すぐに一つの可能性に行き着いた。

「…それ、歌の?」
「うん!」

――それは確か、隣に住んでいた憧れの女性が、クリスマスにプレゼントを持って家を訪れていた恋人と、やがて遠い街へ越していく…という内容の歌詞で、毎年この時期になるとあちこちで決まって流れる80年代のクリスマスソングだ。確かにあの曲の中では、“恋人は背の高いサンタクロース”だと何度も繰り返している。
…そんな甘いラブソングの恋人に自分を重ねていたのかと想像すると、何ともくすぐったい気持ちになるが。俺は視線を裸足の爪先に落としてしばらく考えていたが、ふと顔を上げると、俺の肩で安心しきった表情で目を瞑っているに、少し笑って言った。

「…じゃあさ」
「うん」
「…いつか、ちゃんの事、さらいに来るんで」
「…えっ?」

は閉じていた目をぱちっと見開いて飛び起きると、驚いたように目を丸くして俺の顔を覗き込む。その思いがけない驚きの反応に、今更ながらに嫌な予感がぞくりと背筋を冷やす。このリアクションは…まさか。

「…もしかして、歌詞知らねぇ?」
「えっ…うん、サビくらいしか…」
「………」

(…俺、すげぇ恥ずかしくね!?)

一瞬にして頭のてっぺんまで血が駆け上がり、顔面が真っ赤になる。内心今にも消えてしまいたい気持ちになりながら、俺は必死に平静を装うが、は大きな目をぱちくりさせながらこちらを覗き込んでいる。
……正直、彼女をさらいたいのは本心で、この機会に乗じて冗談半分で上手いこと言ってしまおうと思ったのが失敗だっただけで。別に嘘吐いたつもりもねぇし、むしろ本心で…そもそも、言っちまった手前、今更後にも引けねぇし。

「あー…」

俺は照れ隠しに濡れた髪をわしわしと掻くと、真直ぐな目で俺を見上げているに言葉を返した。

「…じゃあ、来年までに調べといて」
「?う、うん」

そう告げればまた素直にこくりと頷くものだから、なおさら照れ臭くなる。むしゃくしゃした気持ちを払うように俺は腕を上げると、隣で驚いた顔をしているの肩を力強く抱き寄せて、ダサい表情を見られないように、その前髪越しに額にキスをした。





 



 12月のラブソング/20121201