わたしが寝るには充分の大きさのベッドも、ヒカルが寝転ぶと途端に小さく見えてくるから不思議だ。木製の背もたれにもたれ、制服のワイシャツの腹の上で雑誌を開いた彼は、黙ってそのページをぱらぱらとめくっていたが、時々思い付いたようにパッと顔を上げると、自信に満ちた表情で出来たてらしいネタを披露してくれた(が、あまりにもくだらないので適当に流しておいた)(その度にヒカルは悔しそうに小さく「くそ、これも駄目か…」と呟いて、渋い表情で雑誌に視線を落とした)。わたしも部屋のカーペットに座って雑誌を開き、しばらくの間ぱらぱらとめくっていたが、特に面白い記事も見つからず、やがて小さく溜息をついて雑誌をぱたんと閉じると、背筋を伸ばしてちょっと深呼吸する。と、ちょうど背後からヒカルの「」とわたしを呼ぶ声が聞こえて「なに?」とごく自然な動作で振り返り…そして思わず、目を丸くした。

 

 

「えっと…」

「…それ、どういうこと?」
、来い」

ヒカルはベッドの奥に詰めると、空いた隣のスペースをぽん、と軽く手で叩く。わたしはしばらく呆気に取られたように彼の姿を見つめていたが、不意にハッと我に返って慌てて胸の前で手を横に振ると「や…いいよ、わたしはここで」とちょっと笑って、「だってヒカル、なんか既に狭そうじゃない」と続けた。ヒカルはわたしの言葉に一瞬ぐっと悔しそうに眉を寄せたが、すぐに「…狭くねぇ!」と妙に強気な表情で返すと、再びベッドの隣をぽんぽん、と叩いて「ここ!」と催促する。わたしはしばらくその駄々をこねる子供の様な彼の姿をちょっと呆れて見つめていたが、やがて一つ溜息をつくと、そっと立ち上がってベッドに歩み寄り、ヒカルの示した位置にそっと腰を降ろして、尋ねた。

「急にどうしたの?」
「いや…せっかく一緒にいるのに遠いのも変だなと…今更だが、気付いた」

そう言うと、ヒカルはわたしの肩をちょいちょいとつついて「隣」と自分の傍らを指す。わたしはそこでやっとヒカルの目的を理解して思わず一瞬ためらったあと、再び首を振って「いいよ、ここで。見てるから、好きなだけダジャレ作りなよ」とちょっと肩を竦めて微笑んだ。しかしヒカルは左右に首を振ってわたしの発言を即座に「駄目!」と否定すると、再びぽんと自分の体のすぐ隣を叩いて、「はここ」と強い口調で続ける。わたしはヒカルのその我が侭ぶりに思わず唇を噛んでちょっと彼を睨んでみせたが、ヒカルは勿論臆する様子もなく、自分もぎろりと鋭い視線で睨み返してくる。わたしはその迫力に思わずびくっと肩を震わせて身構えたが(そうだ、ヒカルって怒ると凄い怖いんだった、顔!顔だけだけど…)、自分も負けじと口調を強めて、言った。

「別にいいよ、ここで」
「駄目、ここ」
「いいってば、恥ずかしいもん」
「ダーメ!ここに来い!」

ヒカルは再びきっぱりとそう言い放つと、再び隣をぽん、と叩いて、じっと私を見上げる。わたしはしばらく唇をきゅっと噛んでヒカルと睨み合っていたが、そのうちだんだん馬鹿らしくなってきて、やがて小さくはぁと溜息をつくと、ヒカルの傍らにそっと並んで横たわった(その時ヒカルが「よい子にして、よーこになれ…ぷっ」などとほざいているのが聞こえたけど、むかつきついでに無視しておいた)(視界の隅で、しょんぼりと肩を落として俯いているのが見えた)。

しかしヒカルの隣に横になったところで、雑誌も何も持っていないわたしは特にすることもない。どうするつもりなんだろうと隣のヒカルを振り返ると、ヒカルも何故か雑誌をベッドの脇に投げ出して、無表情で天井を見上げている。下手に迫られるよりはマシだと思ったけれども、この状態もこの状態でなかなかに居心地が悪い。わたしはしばらく黙ったままヒカルと天井を交互に見比べていたけれども、不意に隣からぬっと肩を抱き寄せられる感覚に、思わずびくっと体を強ばらせて隣のヒカルを振り返る。すると、ヒカルは端整な顔を真直ぐにこちらに向けて、相変わらずの無表情で、わたしをじっと見つめていた。

。こうしてると何か俺達、恋人同士みたいだな」
「みたいって…だって、恋人同士じゃない」
「恋人同士。それって、どうしたらいいのでしょう…ぷっ」

真顔でそう言って小さく吹き出した彼に、「くっだらな」と思わずちょっと笑って、何となく彼からちょっと視線を外す。と、その瞬間、突然肩を先程よりも強い力でぐっと抱き寄せられて、わたしは驚いて再び背中のヒカルを振り返った。思っていたよりもずっと近く、ちょっと鼻の頭が触れるくらいの距離にヒカルの顔があって、わたしは思わず胸を高鳴らせてぎゅっと肩を縮こめる。ヒカルはちょっと体を屈めてわたしの額に自分のその狭い額でそっと触れると、そのままちゅっとわたしの唇を吸い上げた。胸の奥が針でつつかれた様にちりっと痛んで、途端に体中がかぁっと熱くなる。そっと目を開いておずおずと見上げると、ヒカルは少しだけ唇の端を持ち上げて、じっとわたしを見つめていた。

「…こうしてみますか?」
「ヒカル……、実は結構やらしいよね」
「うぃ」

ヒカルはそう言うと、ちょっと悪戯っぽく目を細めて笑って、わたしの頭を大きな手のひらでぽんぽんと撫でる。わたしはしばらくされるがままに、熱に潤んだ目でヒカルを見上げていたが、だんだんそのからかうような視線が恥ずかしくなって、勢い良くその胸の中に飛び込んで、その背中をぎゅっと抱き締めた。ヒカルはちょっと驚いたように眉を持ち上げたあと「急に抱いたりして、大胆な…ぷっ」と呟いて、小さく肩を震わせて笑った。鼻を埋めたヒカルのワイシャツから、ヒカルの家のにおいがする。
 
 
 
 

 
蜜蜂の唇/20041001