彼と二人で下校するのは、初めてではなかったにしろ決して頻繁なことではなかった。

きっかけはごく些細で、半年前の席替えを機に二人で日直を任されたあの冬の日から、それまで日直という言葉にはほど縁のないイメージだった桐山が、どういう風の吹きまわしか、突如として日直としての務めをこなすようになった。内心、初めは問題児グループのトップとして有名な彼のそれらの行動の一つ一つが近い将来自分に降りかかる何かしらの事件への伏線のようで恐ろしかったのだが、桐山と過ごした時間や思い出が増えるに連れ、そんな杞憂も薄らいだ。それに、桐山は自分達が日直をしない日はいつもと別段変わらず、授業を抜け出しては屋上で過ごしたり、放課後もグループの仲間達と行動しているようだった。

三度目の日直の時、勇気を出して、彼になぜまじめに日直の仕事をやろうと思ったのかと尋ねた。桐山は少し考えてから、言った。“興味があるんだ”その言葉を聞いたとき、わたしは自分しか知らない桐山の一面を見たような気がして、桐山を少しだけ特別な存在に感じるようになった。その時の桐山の言葉は、桐山らしくないけど、桐山らしいような気もした。わたしは、桐山和雄のことをよく知らないけれども、


「でも、桐山が日直の仕事に興味があったなんて、実はちょっと意外だったんだ」


四度目の日直を終えて、夏の鮮やかな夕焼け色が差し込む昇降口で、靴を履き終えたわたしは壁に手をかけて立ち上がり、既に靴を履き替えてわたしを待っていた桐山に向きなおって微笑んだ。遠く離れたグラウンドから、野球部の練習のかけ声、金属バットがボールを跳ね返す音が聞こえてくる。桐山はただ静かな表情でじっとわたしを見下ろしていたが、わたしの言葉からたっぷり数秒置いたくらいだろうか、長い睫毛をゆっくりと瞬かせて、そっと唇を動かした。

「…おれは、そんなことを言ったかな」

そう問い返してきた桐山が、珍しく人間らしい神妙な面持ちでいたので、わたしは思わず笑ってしまった。夕焼け色に染まった床から上履きを拾い上げて靴箱に置くと、つま先が棚の奥にぶつかってことんと音を立てた。

「もう、言ってたよー“興味があるんだ”って」
「そうか。…ならば、。それは少し違うんだ」
「違う?何が?」

くるりとスカートの裾を翻して桐山を振り返ると、鞄にぶら下げていたおもちゃの鈴のキーホルダーがちりん、と音を立てた。振り返った桐山は臆することも戸惑うこともなく、わたしの目をまっすぐに見つめ返してきた。(あれ、)思いがけない桐山の表情と一瞬の沈黙に、思わず心臓がどくりと音を立てる。桐山はわたしの瞳をじっと見つめたまま、唇だけを静かに動かした。「ある男から、忠告があったんだ。…これは、“興味”ではないのだと」。わたしが思わず小さく息を呑むのとほぼ同時に、桐山ははっきりとわたしに告げた。

「…。おれは、おまえを“好き”なのかもしれない」


笑いかけた表情を顔面に貼りつけたまま、わたしの頭は真っ白になった。
 
 


 

Jesus/20080718