七月某日
 
 
 
 
古い窓の埃の積もったサッシが、激しく叩き付ける雨にがた、と音を立てる。黄色っぽく変色した窓の向こうで、茂った深い緑が激しく揺れている。部室の中には、むんとした湿気と沈黙が落ちて――ああ、通りでわたしの髪も膨らむわけだ。

わたしは彼の薄いワイシャツの背中を見つめる。かっちりとした肩、無駄のないしなやかな筋肉。長い腕に長い脚。後ろ姿はさながらトップ・モデルのようだ。誰が見るわけでもないが、わたしはそんな彼に見合うような精一杯の優雅な仕草で一歩足を踏み出して、彼の背後に立った。彼はわたしの気配にすぐに気付いて、そっと振り返る。眉根を寄せて、訝し気に私の目を覗き込む。「…どうした?」。真直ぐな眼差し、黒い瞳。薄い唇が紡ぐ、低いこもった声、喉を通る息。わたしは柔らかく微笑む。「背、伸びたね」。「そうか?」彼はわたしを見つめたまま、ごく真面目な顔で首を傾げた。優しい声。温かな声。彼はしばらく黙ってわたしを見つめていたが、やがて言った。

「通りで最近、お前の顔が遠い」

何の嫌味でもなく、彼はごく純粋な気持ちでそう言ったのだろう。わたしはわざとちょっと気を悪くしたようにむっと眉根を寄せると「なにそれ、むかつくじゃない」と、不貞腐れてみせる。それで彼はすっと長い眉を僅かに持ち上げると、慌てたように「すまん、そんなつもりでは…」と早口になって、困ったように俯いた。わたしはしばらく頬を膨らませてそれを見つめていたが、やがてふっと微笑むと、何か言いた気な表情でじっと俯いている彼のその肩に手をかけて背伸びをすると、彼の唇にチュッと音を立ててキスをした。彼は驚いたように目を見開いて、わたしを見る。わたしは地面に踵をつけ彼の肩から手を降ろすと、彼の顔を覗き込んだまま、ありったけの優しさを込めて微笑んだ。

「頑張れば、まだわたしからキス出来るもん」

小林はしばらく呆然とわたしの顔を見つめていたが、やがてぼりぼりと頭を掻くと、困ったような照れたような複雑な表情で少しだけ笑って、「…全く、お前には適わん」と低く呟いた。その言葉はなぜか待ち望んだように嬉しくて、わたしも「当然!」とVサインを作ってにっと笑った。

 

 

/20040724