しゃくりあげるのが癖になってしまったみたいに、泣き止みたくても泣きやめなくなっていた。今日のデートを最後に、わたしと長瀬くんの2ヶ月の交際は終わった。別れ際の長瀬くんの笑顔だとか、最後にもらった手紙のあの嬉しくて涙が出そうだった言葉だとか、午後7時のうすぐらい住宅街をわたしは一人、色々なことを思い出しては小さくしゃくりあげて、歩いた。わたしが小さな嗚咽を漏らして呻くように泣いた時も、ふと泣き止んで目を擦った時も、わたしの引きずるような足音の後ろで、聞き慣れたあの足音が響いていた。その正体を、わたしは知っていた。不意に立ち止まると、後ろの足音もぴたりと止む。わたしはゆっくりと振り返った。闇夜に安っぽく光る街灯の下、明るい金の柔らかな髪の下で、真っ黒な瞳が2つ、じっとこっちを見つめていた。桐山だ。たっぷり10秒は見つめあったところだっただろうか、沈黙を破ったのはわたしの方だった。

「…どうして、来たの」

言ったわたしの声は自分のものじゃないみたいに、酷く掠れていた。桐山は何も言わずに、ただじっと立ち止まってわたしを見つめている。これじゃまるで一人芝居じゃないか――馬鹿らしくなって少し笑ったら涙の跡が残る頬がぴりっと痛んで、自分の顔が僅かに引き攣っているのがわかった。桐山はただじっと、わたしの顔を見つめている。わたしは続けて、上擦る声を抑えながら、言った。

「…きりやま、わたしのこと、好きなの?」

桐山は、黙ってじっと街灯の下に立っていた。しかしやがてゆっくりと一歩足を踏み出すと、そのまま静かにわたしの元に歩み寄る。わたしは乾いた涙で重たくなった睫毛を持ち上げて、そっと桐山を見上げた。間近に見る桐山の顔は恐ろしいほどに端整で、わたしは思わず小さく息を呑んだ。彼の柔らかな金髪の向こうに、白い満月が見えた。

「…どうして」

言いかけたわたしのくちびるに、桐山の柔らかなうわくちびるがそっと触れた。桐山は長い睫毛を伏せて、猫の様な仕草でわたしのくちびるにそっと、噛み付くようにキスをする。何度も繰り替えされるそのキスに思わず小さな吐息が漏れて、その途端、わたしの目から再び涙が溢れ出すのがわかった。

親猫が子猫の毛繕いをする時みたいに、桐山のキスは残酷なまでに無条件の愛情に満ちていた。くちびるが離れてすぐ、わたしはまた、嗚咽を漏らして泣いた。桐山はただじっと黙って、わたしの顔を見下ろしている。流れるような薄灰の細い雲が、白い満月を覆った。 

 
 
 
 
 

しなやかに、静寂/20041109