夏の熱帯魚
子供の頃、両親に連れられて出かけた夏祭りで、浅い水色のプールを泳ぐ沢山の金魚に見惚れた。何度も前を通り過ぎては諦めきれず、最後はだだをこねて、やっとの思いで手に入れた金魚。次の休みに水槽を買いにいくつもりだったのに、その日が来る前に死んでしまった。 あの別れが、わたしにとって初めてのひと夏の別れだった。 あの出会いが、わたしにとって初めてのひと夏の出会いだった。 あれから何十年が過ぎて、大人になったわたしは、新品の金魚鉢を泳ぐ小さな金魚をぼうっと眺めている。砂利に埋もれたポンプから規則正しく小さな気泡がぷつぷつと噴出して、ひらひらと揺れる金魚の尾びれをくすぐるように天井に上ってぷつんと弾けた。鉢を泳ぐ金魚の向こうに、彼の顔が浮かぶ。二週間前の縁日で、柄の悪い男達に絡まれていたわたしを助けてくれた、金魚のプールの向こう側に腰掛けていた、すらっと背の高い坊主頭の青年。あっという間に男達を散らして、驚いて立ちすくむわたしに「…、良かったら」と金魚を手渡してくれた人。 わたしにとっての二度目のひと夏の出会いは、どこへ向かうのだろうか。 頬杖をついたテーブルの上で、携帯電話が小さく振動する。液晶に映し出した“馬場茂樹”の名前は、丸い金魚鉢に反射して光った。
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