濡れる眼差し



「ソックスまで濡れて来ちゃったよ…」

情けない声につられるように視線を落とすと、額を伝い落ちる雨水が目に入って視界がぼやける。おもむろに額を拭えば、自分のワイシャツも肌色が透けるほどにびしょびしょに濡れていた。

“シックス”というバーで行われるサックスのLIVEに向かう途中、俺達は刹那の雨に降られ、ビルの軒下で雨宿りをしていた。俺の濃紺の上着を肩から被った彼女は、寒そうに肩を縮こまらせて震えている。「参ったな、」と小さく呟くと、隣にいた彼女は不意に言葉を呑んで息を吸い込んだ。

「…、へっくす!」
「…なんだそれ」

間の抜けるようなそのくしゃみに、俺は小さく吹き出した。刹那の雨に濡れたビル街には人通りもなく、時折車が目の前の道路を通り過ぎるのみだ。俺は寒そうに肩を縮こまらせる彼女の頭を手のひらでぽん、と撫でると、その顔を覗き込んで口を開いた。

「こんな状態だし、今日のライブは延期だな」
「え…」
「風邪ひいたら困るのは、お互い様だろ」

俺の声に、彼女の表情がたちまち曇る。俺はその表情にまた少しだけ笑って、そして言葉を続けた。

「風邪ひかないように、体が温まるセックスでもするか」




 (お題:刹那の雨 / 必須要素:○ックス / 制限時間:15分)