ワイシャツのかくれんぼ昔は教師になりたかった、と彼は言っていた。その話を聞いた時、冴島さんのことだから体育教師だろうかとぼんやり考えていたけれども、きっとそうではない。 同じ部屋の、同じ空間にいるわたしをよそに、冴島さんはかれこれもう1時間は小説を読んでいた。その小説は、彼が刑務所にいた頃に、同じ独房の囚人から勧められたものだという。 (きっと、国語の先生だ) 難しい顔をして頁に視線を走らせる。ふわふわした長い睫毛が、目の動きに合わせて小刻みに動く。その眉間には深く皺が刻まれていて、わたしのことなど本当に目に入っていないのだろう。 座り込んで小説を読むその大きな背中の影に、足音を消して忍び寄る。『堅苦しくてしゃあない』と脱いだワイシャツ、壁にかかっている。音を立てないようにそっと手を伸ばして、そっと袖を通してみる。まるで子供がいたずらをしているように、そのシャツのサイズは全然合わなくて。 いつかその小説を閉じてわたしを振り返ったら、冴島さんはどんな顔をするのだろう。飽きれたような表情でわたしを見て、そして。 (『何しとんねん』) 今はまだ小説に夢中な大きな背中を見つめて、そして思わず微笑んだ。 (冴島先生、いたずらな生徒はここですよ) |
(お題:部屋とYシャツと小説 / 必須要素:囚人 / 制限時間:15分)