夜はこれから



今になって考えれば、最後の最後でこのファイルに手をつけたのが間違いだった。積み上げられた書類の一番下にひっそりと埋もれていた黒いファイルを見つけた瞬間、厄介なものを見つけてしまった事を後悔したと同時に、見つけてしまったからには何とかしなければ、という義務感に襲われてしまったのだ。初めから素直に週明けに回していればこんなに遅くまでかかることもなかったのに、それでも一度取り掛かってしまったら、わたしは整理にすっかり没頭していて、やっとの思いで作業を終えたのは、事務所の時計が0時過ぎを指した頃だった。

「悪かったね、遅くまで」
「ううん、いいんです」

これですっきりしましたから、と笑うと、事務所の奥で社長の椅子に座っていた秋山さんがゆっくりと立ち上がり、わたしの元に歩み寄った。片付けたファイルを手に取り、ぱらぱらと眺めて「これは…すごいね」と一言呟くと、そっとファイルをテーブルに置く。額に滲む汗を手の甲で拭って、わたしは少し笑った。

「でも、帰りはどうするの?もうこんな時間だけど」
「えっと…」
「タクシー呼ぼうか?」
「えーっと…」

どうやって家に帰ろうか頭を働かせようとしたけれど、ファイルの件で消耗しきった脳の働きはいまひとつで、考えている途中でそのままフリーズしてしまった。もうこんな時間だし、どうせ明日は元々休みの予定だったし。わたしは小さく溜め息をつくと、隣でわたしが片付けたファイルを一つ一つ手にとっている秋山さんを見上げて答えた。

「わたし、明日休みですし…このまま事務所で休んで、朝になったら電車で帰ります」
「そうか…そりゃ、悪い事しちゃったね」
「いえいえ、いいんです」

秋山さんは持っていたファイルをテーブルに戻すと、申し訳なさげな視線をゆっくりとわたしに向けた。そういえば、秋山さんが差し入れてくれた缶のコーヒーも結局頂いていないし、花ちゃんが分けてくれたお菓子も食べていない。いつの間にか喉も渇いていたし、こんな時間だけれどもお腹もぺこぺこだった。

「秋山さんこそ、色々ありがとうございました。わたし、とりあえずコンビニに行ってきます」
「コンビニ?何か買い物?」
「はい。ちょっと、何か食べ物でも買おうかなって…」

秋山さんは少し眉を持ち上げると、「ははぁ、なるほどね」と一つ頷く。そして一つ咳払いをすると、テーブルに手をついて、わたしの顔を覗き込むように尋ねた。

「じゃあ、どう?飯でも」




   (お題:計算づくめの消費者金融 / 制限時間:30分)