デジタルの海で





「パソコンが壊れちゃって…」と、彼女から連絡が来たのは、ちょうどシノギを終えて事務所で一服していたところだった。デジタル機器に関しては特別強い方ではないが、少なくとも彼女よりは俺の方が数段知識はあるだろう。それに、聞けば画面がフリーズしているだけだと言うし、状況によっては容易く解決できるかもしれないと、俺は彼女の家に向かった。



「そんで、どんな感じですか?」
「あの…えっと…」
「その後、特別なんかやってみたりしました?」
「ううん、何も…ちょっと、その…」

いざ彼女の部屋に上がれば、何故か今日の彼女はやけに歯切れが悪い。俺がパソコンに近寄ろうとした途端、慌てた様子で麦茶を持って来たし。彼女に勧められるままにソファに腰掛けて麦茶を飲みながら、パソコンの不調の症状を口頭で聞き出していた。

「何やってて止まったんですか?」
「えっと…インターネットで、色々見てて」
「ブラウザ…っつってもわかんねぇか。あー…ネット見るアプリケーションって何使ってます?」
「えーっと…青くて、ローマ字で“e”って書いてあるマークのです」
「IEか。ブラウザはなるべくGoogle Chromeを使用した方がいいですよ」

「城戸さん、詳しいんですね」彼女は驚いたように目を丸くして俺を見つめた。しかしいつまでもこうして会話していても埒が明かないし、どうせなら実際のパソコンを見て説明した方が早いだろう。いい加減パソコンを見ようと再びソファから腰を上げると、彼女はすぐに慌てた様子で俺の前に立ちはだかった。

「あ、あの…!あの、城戸さん…」
「ん?」
「あの…あの、何を見ても…引かないでもらえますか?」
「何を…って?」
「パソコンの事なんですけど…」
「? ……え?」

彼女はたちまちしどろもどろになると、その視線を足元に落とした。伏せられた長い睫毛を見下ろして、俺はその言葉の意図を考える。まさか、なんかやべぇサイトでも見てた感じだろうか。どっち方向にやべぇかにもよるけれども、まぁ…別に今更、誰が何しようが驚かないし、よほどの事がない限り今更彼女に対して引くこともないだろう。

「平気っすよ」

俺は俯く彼女の横を通り過ぎると、画面がフリーズしているというパソコンの前に向かい、身を屈めてチェアに腰を降ろす。そしてマウスに軽く手を添えながらフリーズしているという液晶を覗き込み――そして、目に飛び込んできた文字と映像に、俺の方がフリーズした。

「なんすか、……これ…」

フリーズした液晶が映し出していたのは、“彼氏が喜ぶ勝負下着を大特集!!”と銘打たれた女性向けの情報サイトだった。スクロールができない画面の中でも、清純な印象の可愛らしい下着から大胆なセクシー下着まで、あれこれと画像と商品説明が並べられている。画面に釘付けになる視界の隅の方で、彼女が両手で顔を抱えて悶絶しているのが見えた。

「恥ずかしいです…わたし、本当に恥ずかしいです…!!」
「これ……、俺の為に…?」

俺が尋ねた瞬間、彼女は悶絶しながらその場にしゃがみこんだ。俺は下着画像の並ぶ画面から視線を外すと、背後の彼女を振り返る。そして小さく縮こまった彼女に向かって、言った。

「…嬉しいっす」

(お題:興奮した事件 / 必須要素:ブラウザはなるべくGoogleChromeを使用してくださいまじで。 / 制限時間:30分)
2013/07/14