空は限り無くブルー

 

 

傷だらけの手に包帯をぐるぐると巻き付けるその隣で、周泰はその行動のひとつひとつを黙って静かに見守っている。「もう」苛立って包帯を強引に引っ張って結んでしまおうとしたを横から静かに制すると、周泰は「…それでは弛みます」と落ち着いた柔らかい声で言った。は今にも泣き出しそうな表情で彼を見上げると、「じゃあどうしたら上手くできるの?」と彼の顔を覗き込む。周泰は少しだけ微笑んでそっとの手を取ると、その手に巻き付いたぐしゃぐしゃの包帯をそっとほどきはじめた。

「あっ」
「………どうか?」
「あんまり見ないで、汚いから…」

言われて自分の手の中のその手を覗き込むと、柔らかい形をもったその手はあちこちに傷が出来て皮膚がめくれ、うっすらと血が滲んでいた。女らしいふっくらとしたその手は、武人のもつそれの様にゆるやかながらも変化している。周泰は「…努力の証拠です」と呟くと、その手を覆っていた包帯をするりと取り払った。は「…なるべく見ないでね」と恥ずかしそうに俯くと、周泰の手に預ける自分の手からそっと力を抜いた。
周泰は「…見ていてください」と低く言うと、慣れた手付きでの手に包帯を巻いていく。は最初は少し伏し目でそれを見つめていたが、あまりにも完璧で無駄のないその手付きにやがて目を丸くして食い入る様にそれを見つめた。大きな手、長い武骨な指。自分よりもずっと不器用そうに見えるその指は、少なくとも彼よりは器用に見える自分の指よりもずっと器用に包帯を巻いていく。一切の無駄のない手つきで完全にの手に包帯を巻いてみせると、周泰は「…この様に」とそっとその手を解放した。おそるおそる手を引いて、自分の手をまじまじと見つめる。完璧にできあがったそれは、先程の自分のそれとは比べ物にならないくらいに綺麗で、しっかりとできている。綺麗な包帯、周泰が巻いてくれた包帯。そう、周泰が私の為に巻いてくれた包帯。その事実が何よりも嬉しくて、ぼろぼろの私の手を他の何物にも変えがたい宝物に変える。驚いた様な嬉しい様な複雑な表情をそのままに自分を見上げてくるに、周泰は僅かにふっと微笑んだ。

「……これってどれくらい練習すればできるの?」
「…繰り返せば自然と覚えます」

「次は様御自身で」周泰は柔らかい声で言うと、の手からぱっと包帯をほどいた。与えられた宝を不意に奪われては「あっ!!やだ!」と声をあげてその手を押さえ込んだが、周泰の手はあっという間に包帯を奪い去ってしまった。は暫く黙って自分の手を見つめていたが、やがて心底悲し気な表情で周泰を見上げる。「…様ができる様にならなければ意味がありません」周泰はその表情から視線を逸らし、淡々と吐いた。大切なおもちゃを奪い去られた子供の様な悲しい目では周泰を見上げていたが、やがてすっと視線をおろして「…違うもん」と掠れた声で言う。周泰は僅かにを見た。

「…練習ならこっちの手で出来たのに」
「…怪我をしているのはこちらの手です」

淡々と返す。周泰は黙ってほどいた包帯を整えるとそれをすっとに差し出した。はその手を取らずただ黙って俯いていた。暫くの沈黙の後、絞り出す様な声でが短く言った。

「ばか。周泰のそういうところ、大嫌い」

(―――周泰が包帯巻いてくれたこの手、宝物にしようと思ったのに)
(―――もう一度やって欲しいなんて、言えないじゃない)
(―――もう一度やってくれたって全然嬉しくないし)

―――もう、何でこうなっちゃうんだろう。

「……何か気にさわったのなら謝ります」
「…もういいよ、それちょうだい」

さすがの彼も少し動揺した様子だった。わざとぶっきらぼうに手を差し出すと、周泰がそっと私の手に包帯を渡すのがわかった。包帯を握るとすぐに手を引っ込めて、わざと彼に見えない様にそっと手に包帯を巻く。周泰は困った様にその背中を覗き込んだがやがて少し寂しそうに目を逸らすと、掠れた低い声で言った。

「…すみません」

何も期待していなかったはずなのに、彼に向けた背中に痛みが突き刺さった。また気持ちがすれ違う。
彼に嫌な気持ちをさせたい訳じゃない、私だって嫌な気持ちになりたい訳じゃない。どうしてこうまで上手くいかないのか、私自身にもよくわからない。彼は私の背中のすぐ後ろで、その大きな手をただ持て余している。見なくたって彼のことはわかってる。だったら尚更、どうして彼を理解できない?

―――周泰のそういうところ、大嫌い

はすっと背後を振り返ると「やっぱり上手くできないや。自分でやるから、教えてくれる?」と傷だらけの手をひらひらさせて苦笑して見せる。それで彼は少し安心した様にふっと表情を柔らかくすると、「……ええ」と応えての手元を覗き込んだ。そっと彼の表情を覗き込むと、彼は静かに目を伏せての手を見つめていた。安心して、も少しだけ微笑んだ。そして何となく尋ねた。

「ねぇ、周泰」
「…はい」
「私がもし孫家の人間じゃなかったら、周泰はこんな私のこと構ってくれなかったかな?」

周泰は驚いた様に目を丸くしてを見ると…困惑した様な表情で黙り込む。
期待通りの期待はずれ。それでも今度は笑って彼の頬を抓る事ができた。

 

 

 

20030729